随筆

「白鳥省吾詩集「北斗の花環」出版祝賀会の記」

★喜寿の白鳥省吾氏の豪華詩集「北斗の花環」出版祝賀会は人見東明氏ら数十人(本社の早川嘉一、鈴木勝、坂田浩一郞、泉漾太郎、古谷玲児氏らを含む)発起人月原橙一郎、古賀残星、中村漁波林、広瀬充、一瀬直行諸氏世話人となって終戦記念日の8月15日午後3時~5時40分銀座サッポロビヤホール二階で86人出席して盛大に開かれた。綱島嘉之助氏開会を告げ広瀬充氏司会で月原橙一郎氏が「芸術院会員にすべきだ」との開会の挨拶を述べ、84歳とも思えぬ正富汪洋氏の「詩集といえば自費出版位の日本でこんな豪華な詩集が公刊されたのは著者の詩芸一筋の現われ」との祝福で乾盃し早大同窓生の谷崎精二早大教授、中西悟堂、元文部次官小高喜郎、大木惇夫、保科善四郎代議士の感銘深い祝辞あって一瀬直行氏令嬢直枝さんの花束、出版元世界文庫社長松本富夫氏の記念品贈呈があり、白鳥氏は「ただ愚直に民衆詩人、社会詩人として一貫して来たが…」と感動の挨拶をし、更に古賀残星、矢野峰人東洋大学学長、細川潤一、安藤一郎、伊福隆彦村松正俊東洋大学文学部長、服部嘉香寺下辰夫、小野忠孝諸の祝辞、島田磬也氏の献歌朗詠、鈴木昌桃東芝専属歌手の宮城県民謡唱、阿倍主麿氏の短歌朗詠、小野道子グラモフオンレコード専属歌手らの歌謡独唱などで賑わい歓を尽し、別室で白鳥氏一族の招待で世話人ら歌い踊る騒ぎだった。
★それはそれとしてここで毒筆を付記する。詩集も一冊もなくなったが、パーティ形式のため席が入り乱れ酔いが深まるにつれ混乱状態で広瀬司会者を黙殺、小野嬢(多分、島田信義君による特別出演)の独唱最中、席を奪って集団撮影(村松正俊文博もパチパチ撮影)という騒ぎ、小誌にのせるため花沢豊君らに頼みわざわざ買って来て貰い、私が一々頼んで書いて貰っていた二枚の大色紙も行方不明(記念撮念影を松本社長に頼んでいたが、第二回世話人会で反対が出てダメになった)更に酷いのは千円の会費を納めずノミ逃げした者が数人いたのに驚いた。これが詩人の会とは呆れ果てる。一冊千五百円の詩集も数冊盗まれている。イヤハヤだ。
★なお、松本社長から文明八月号、綱島氏から武田薬品PR薬が全員に贈られた前記以外の主な出席者は次の通り。
(芳名録署名順)菅原寛、中山平治、白鳥賢蔵、千葉佰、柴山幸一、森垣一郎、小玉晃一、若山旅人、松本帆平、萩原庫吉、白鳥竜亮、吉川静夫、島田ばく、奥島増弘、手塚秀文、島田春子、三井良尚、川内康範、乙骨明夫、久慈正夫、市原三郎、高橋たか子、南江二郎、長谷川泉、兵頭益男、松谷徳蔵、宮本道、斉藤信、瀬戸数雄、深瀬金太郎、五十野公一、楜沢竜吉、永井鱗太郎、池田義信、鈴木勝、鮎貝くに子、千葉保次、田畑太郎、門田ゆたか、神原克重、坂田浩一郞、加藤省吾、森野千代三、木下みや子、熊代信助、上田健次郎、大村主計、田中千恵子、三浦主人、沼倉順、島田信義、飯田秋香、有賀要次郎、柏木隆雄、伊賀上茂、中島清一、逸見俊吾、小原国芳(代理)その他諸氏
また祝電は(順不同)次の通り
富田砕花、吉沢独陽、池永治雄、藤沢衛彦、高橋掬太郎、泉浩郎、千葉秋男、藤本浩一、泉漾太郎、笠原弘、稲穂雅己、能村潔、早川嘉一その他の諸氏
★誰よりも御本人の感激が深かったから云うこと自体変だが、パーティ形式の故もあり、我も我もと予定外に祝辞を述べたがる人が多くて司会者(これも成田屋があった)を困らせたり、祝いとて嬉しがってノミすぎたセイもあり、前代未聞の会であった。私も祝辞の内容をよく聞こうと努めたが、私の所へ誰彼と来て話しかけるので片耳を携帯用マイクへ、片耳を知友へと向けるうち私も酒・麦酒チヤンポンで訳が判らなくなり、松本帆平氏から「大分酔ったネ」と笑われたり月原橙一郎氏に年譜のことで文句いうたりしていたようだ。後日松本社長と話しあったがテープに録音しておけば白鳥氏も喜ばれたろう。全て後の祭だ。まアメデタシメデタシ
(8・27酔記 中山輝)

掲載誌:『日本詩』白鳥省吾詩集「北斗の花環」出版特集 第23巻・復刊58号 通巻158号 1965 10月号