随筆

「わがふるさとの想い出」

”山のかなたの空遠くふるさとありと想うのみで、年とともに望郷の念が強まるばかりである。富山の思い出は数多くあって尽きるところを知らないが、今でも忘れられない思い出の一つに「たけくらべ」がある。富山が空襲で灰となり、物心両面の傷痍がまた痛み疼き、物資難に喘いでいた二十二年ごろ、石倉町のバラック建ての富山座で、詩と音楽と舞踊と演劇を総合した、樋口一葉の「たけくらべ」を私の作詩・黒坂氏の作曲・西川扇珠女史の振付・富山演劇協会かの高沢滋人君らが出演で公演、超満員になったことである。何を書いたか覚えていないが、一つだけ時々黒坂氏が興至れば独唱される短歌を覚えている。それは少年時代、与謝野晶子選で婦人倶楽部に入選発表になった「別れなばいつまた逢わむ白雲よそのまま凝(こご)れ空の碑となれ」で、これが確か「たけくらべ」の冒頭(つまり序曲か)に歌われたのである。”

掲載誌:『詩と音楽と美術の集い』