随筆

「巻頭寸言 自費出版と推薦詩集と子供の歌」

★“夫が著を担い旅せる筑紫路にセールスマンと巡査書き留む”は放浪の文学者武林無想庵の自伝的大作“むさうあん物語”(生前21巻まで出版)を自費出版しカリエスを病む身にコルセットをあて一昨年は雪の北海道、昨年は九州、信州を注文とりに歩いた朝子夫人(60)が詠み1月31日の朝日歌壇に選ばれた歌だ。無想庵が昭和18年63歳で両眼失明し動脈硬化症、座骨神経痛が重なって倒れ赤貧、老残の中で朝子夫人に口述した遺著は最近31巻目ができ、病む老夫人は桜咲く四国、中国路へ注文とりの旅に出かけていったという。武想庵にしてかくの如し。涙がこぼれる。ああ日本の出版界についに人なし!
★和歌山県御坊小学校六年生野村尚美ちゃん(12)が入学した日から六年間日記のように書いて来た詩2千篇から150篇選んだ詩集“ただ今勉強中”を和歌山県教委と同県青少年対策本部が3月22日同県最初の優良推薦図書に指定した。特に指導教師はいなかったが竹中郁氏主宰の児童詩誌「きりん」等に投稿してほめられたのがよい刺戟になったという。これは感心な話だが、子供をオモチャにしている“たいなあ”方式の連中を征伐するには参考になろうし、詩人はもっと子供を良い詩の世界へ導く必要がある。
★交通事故の後遺症に悩みながら歌・民・童各謡運動に骨を削っている京都の関西歌謡集団主宰恩地淳一氏が大阪で「新しい子供の歌」推進連盟を作って活躍を始めた。低俗なCMソングや流行歌の洪水に溺死しかかっている子供達に「良いウタ」を歌わせる新しい運動は各地に大いに興ってよく、そのために新しい日本童謡芸術協会のようなものが生れていいだろう。恩地氏らの成功を望みたい。
★滑川の高島高君が44歳の若さで死んでからこの5月12日で10周忌になるが本誌同人坂田嘉英君らの奔走で高島君の詩碑が北川冬彦氏の揮豪で建つ。富山県に歌碑、句碑、漢詩の詩碑が多いが、現代人詩の詩碑は高島君の詩碑が最初だろう。同じ滑川に昔若死した抒情詩人伊東潔君がいるのだが、伊東君が地域社会に与えた大きな詩業などを忘れているらしい。世の中ってそんなもんだ。
(4・18中山輝)

掲載誌:『詩と民謡 北日本文苑』第23巻 五月号 復刊54号 通巻154号 1965
北日本文苑詩と民謡社