その他

「誰だろう」

どこかで どこかで 音がする
かさこそ 落葉を踏みながら
段々遠ざかって行くかすかな足音
誰だろう
こんな夜ふけに
さっき濡れた腰かけ石へ忍び寄っていたのに
何の用があったのだろう
どこへ帰って行くのだろう

どこかで どこかで 声がする
遠いところで呼んでいる
「おうい おうい」と呼んでいる
聞いたことがあるようで
初めて聞くようなかすかな声
とぎれとぎれの しわがれた風の咳のあいまに聞えてくるあの声
誰だろう
何の用だろう

もう黒ずんだ骨だけになって
じめじめした狭い暗い穴の中に
とまったきりの時間にとじ込められてしまっているおれを
このままじっとさせておいてくれないか
そのうち何にもないものになるのを楽しみにしているのだから
おれというものも消え果ててしまうのだから

掲載誌:『人生道場』 昭和49年12月 30~31ページ