「なぜ」

みんな 光の上を歩いている
黄金の裳の襞を雲の脚に染めて 目をくらませて
ガラスの風を泳がせながら

  汚い蹠だらけだ
  汚い毛脛だらけだ
  汚いパンツだらけだ
  汚い 赤黒い よう拭きもしてない 犬の肛門をみせているだけ
  汚い 鼻糞がいっぱい詰まっている穴をみせているだけ
  の……男 そして 女
  それらが 背のびして 快げに 垂れ流す糞尿が 光に乗って 虹どもを 裾にひきずり
  乱菊の すだれ滝の 枯れ葉の 髪のわたしを 泥砂へと埋めていく
それでも 仰ぐ 笑いながら逃げていく光を
どこかで たれかが 笛をふいている
片葉の葦の笛を
行々子(よしきり)の雛が 孤(ひと)りぼっちを泣く咽喉を通してふるわす笛を
みんなは それに蹤(つ)いて踊っていく
一人のいく方へ 個の 一つ目小僧の 変幻の 幻惑の 太陽の いく方へ
ぞろぞろ 罵りと あざけりと 嗤いをわけもなく 飛沫と まきちらしながら

時間よ めざめよ 空間よ ねむりよ なぜ そう “界(よ)”を “場を” 限らねばならぬのか
接点よ 切線よ 交差点よ なぜ そうも 冷酷無残 非情に 客観的に 規格的で あらねばならぬのか なぜ 真実を かなしさを 虚しさの底に 埋めて 遠くへ 逃げて いかなければならないのか

みんな 虚しくなるまでの ひとときのパントマイムに 影絵燈籠の一役をしているだけなのだろうか

ただ 青黒くて 光のもう戻って来ない水底に 生命の根源に戻ろうとねがい“無”と“有” “無機物”と“有機物” “核蛋白”と“核酸” それらの玄門に 限界を委ねているのに
みんなのいる光の“界(よ)”の向う はるか遠い 遠い 二千万光年の向う(五十億光年の向うの新宇宙からみれば小っぽけな末世の向うだが)
人類出現以前から大爆発を起こしている島宇宙・星雲M82よ
みんなの太陽系宇宙が 数百億個から一千億個までもあるという 銀河系大宇宙集団よ なぜ百五十万年前から大爆発し 一万光年のひろがり みんなの銀河系宇宙の幅の広さの三分の一にまで 新たな生命をまきちらしているのか 超新星を何のためにつくっているのか

もう戻って来ない光につれ去られて いったまま 消えてしまった幼な馴染の誰彼と 北斗七星の一つ―その一つにすぎなかった星雲M82よ 中心核の狂いよ 個・そして孤独の狂いよ 狂い出した電磁波の嘆きよ

光の上を踊って歩いているみんなも どうせ どこかへ わけもわからぬまま光のままに乗って 永遠に戻れない果てへ 離れ離れに いってしもうだろう

この石の頑固 この水の柔順 この藻の生来の愚直 この“あってよし なくてよし” この“早く消えてなくなれ”の屑 暗い水底 生命の根源に哀しさを貝殻に残して 泥土に埋めて―
太初へ 永劫へと 無明のまま流されていく

それでいい
これだけだ
それ以外になにもない
なにもない
なにも

―38・10・8 夜―

掲載誌:『詩と民謡 北日本文苑』第21巻 十二月号 復刊40号 通巻140号 1963 北日本文苑詩と民謡社