あなたは 親鯉になり 名もない白い花になり 乳房の涸れた崖になり 青苔の頭巾を冠って悦んでいる切株になり よろめく古瀧になり あるようでないような道になられた
あなたは ひとりぼっちで 肩を怒らしているてっぺんになり 鰯雲になり微光になって そこらじゅうにひろがり 動かぬ虚空の顔になられた
あなたは もはや仰ぐほかない天となりいつも傍におられて
私らが泣くと あなたも泣かれる
私らが怒ると あなたも怒られる
もう一度 道になられたままでいいから
私らの辿りつかねばならぬところへと 寝そべっていて下さらぬか
このうすぎたない泥沼に沈みかけている私らのために
でも もう 天にもある新しい道になられたので だめだろう
切なくなると あなたのふくよかな童顔を仰ぐ
すると あなたは「おお よしよし」とあやされて
泣きじゃくりしている仮りの眠りに入れようと子守歌をお歌いになる
あなたは いつも 傍にいて下さるのだ
いや 私らのいのちにとけこんでいて下さる
有難いことだな お前たちよ
(43・1・25・后2)
掲載誌:『日本詩』 第26巻・復刊83号 通巻183号 1968 3・4月合併号