「遠蛙」

灯(ひ)が點(つ)かぬので
扉(と)に凭(よ)るのが怖(こは)いといふのかい

慄(ふる)へないで
ずつと近寄つてごらん
とほく仄明るい水田の上を
死んだ祖母(ばあ)はんが歩いてゐる

蒼白(あをじろ)い貌(かほ)して
ほら ぎぁぷ ぎぁぷ
酸漿(ほほづき)を鳴らして

妻よ 慄(ふる)へないで
ずつと近寄つてごらん

掲載誌:『石』 中山輝詩集 昭和5年9月 88~89ページ『出顯』