「一昨年(おととし) 大學を卒(で)ましてから
うちにぶらぶらしてゐます
村の連中からまだ遊んでると思はれるのが嫌だから
ひとつ使つてやつて下さいませんか
月給なんかいりませんから
生活には別段困らないのですから
ひとつ新聞記者にしてやつてくれませんか」
けふも脂ぎつた青年がやつてきた
天井の煤けた應接室を煙だらけにして
「お禮はいくらでもしますから御力で頼みます」
きのふきた男は高等商業を卒(で)ていた
そのまへきたあれも そのまへのも
みんなはちきれさうな元氣さで
「ただでもいいです 雇つて下さい」
おれたちはゆふべも外套(おーば)の襟から
「あんな連中(てあひ)がゐるから俺等(おいら)ぢき馘首(くび)になる
月給も三年このかたあがらないのだ」
うつろなこゑをたててわらひあつた
あすもまた別のがやつてくるだらう
髪の毛を撫でつけた羽織袴
野球の選手だつたといふ男
ああ おれたちのめぐりを
そんな人々がとりまいてゐて
追つぱらつても 追つぱらつても押寄せてくる
(下で鳴り響く郡部版刷の輪轉機
窓外の闇を横なぐりに驅けてゆく木枯)
おれはへたくその速記原稿をよみ飛ばし
字間に渦巻く幾百千の眸(め)をかんじ
何か恐ろしい世紀の嵐を豫感しながら
やけに朱筆を藁紙に投げつけた
特初號――官吏の減俸を斷行――
特初號――昨夜閣議で決定――
舊一號――標準月俸百圓以上平均一割
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初號――愈よ明年一月より實施
全四段
掲載誌:『石』 中山輝詩集 昭和5年9月 28~31ページ『黑旗』