しようことなしに壁とにらめつこしてゐたら
壁がだんだんのめりだしてきて
ふんわりおしかぶさり背後(うしろ)へ抜けていつた
今度こそはと眼をあげると
また前に突立つてゐる
そのうち疲れてうとうとしてゐると
その壁もだんだんうごきだしてきて
じぶんがいつのまにかその中を通りぬけてゐる
妙だなとふりかへると
背後(うしろ)にも壁があり
その壁の向ふにもじぶんが座つてをり
その向ふの壁の向ふにもまたじぶんが居る
いよいよおかしいなあと前をじつとみつめると
前に突立つてゐる壁のむかふにも
ぐつたり 座り込んでゐるじぶんの後姿
その向ふにも壁がありずつとむかふのうすらあかりに
やつぱりじぶんの後姿が仄みえてゐる
あはは…… さびしく笑つたら
どいつも こいつも うつろなこゑで あはは……
掲載誌:『石』 中山輝詩集 昭和5年9月 58~59ページ『ふるさとの顔』