「うたはれぬうた」

うたはれぬうたは
みんなの央(なか)にかくれてゐる
なにかのはづみでながれ出て
樹(き)に觸(ふ)れると樹(き)のこゑ
葦を過(よ)ぎると葦のこゑ

うたはれぬうたは
それぞれのもののけのなかから
それぞれのこゑを喚(よ)びだし
どつかへながれてゆき
なにかのなかにかくれてしまふ

うたはれぬうた!
ぱつと燃えたち
風の裾にちらちら掌(て)を出し
ああ うたはれぬうたは
ひつそり みんなの央(なか)にかくれてゐる

掲載誌:『石』 中山輝詩集 昭和5年9月 42~43ページ『分身』