短いいのちの炎を燃やし続けているものに届いているとしたらそれでいいとして また届いていなくてもいいとして それがせめてもの存在の証(あかし)として在ったとしたらいいとして
マクロとミクロ 無と有の違いがあったとしてもそれが何だというのだろう
どっちにしても根元は一つ
時間と空間が交接した悪戯から 紅を噴きあげた幻惑に 形を消したり出したり 呪術や葉や石の舞台に ひらひら扇の折目の彩りにみせているだけのこと
五十億光年の向うから合図しながら
どんどん末広がりに走っていくものがある
限界の向うへ逃げていくものを追っかけて
その向うにひろがる虚しさの果てを見きわめたいと走っていくのだろう
途中で粉微塵にとびちり 虚しさそのままになってもいいとして――
でも 五十億光年の遠い果てから 光に託した合図がこの汚辱の限界へ次々来る
五十億年というマヤカシものよ
つまらぬ区切りなどいい加減にしろよ
そのうち百億光年が いや 五百億光年が美しい装いで 虚しさの王座を占めるだろう
ひとりぼっちの寒空をちりばめる星の奥に潜んでいる妖しい何ものかよ
無限へとけ入ろうとしている一人の愚か者に妙な見えない合図をいつまで送ろうというのか
掲載誌:『壺』 昭和48年8月 5~6ページ