「谷」

天の頂点がここへきている
他が競りあい犇めきすぎるので――

この空白の一点へ天が嵌まってから
なにもかもここへ集まりはじめた
悠久がのしかかり 時間の堆積が息苦しくなると
夜のうちから鳥たちがはばたき 獣がうろたえ出す
石も葉も一散にこの無限大の切線へ駆けてくる
舌を裂く滝 歯を鳴らす海
虚しさは失せかけた
いずれ天は向きを変えるだろう
だのに みんなはここへきて
遠くへ墜ちる線に加わる

掲載誌:『詩と民謡』 昭和35年5月 2ページ