「山と川と町」


山はどこへいくのだろう
山は曇のあとを追つている
山は曇の下りた谷へ下りていく
山は谷を下りていく水を追つている
山は魚を追つていく
山は町の中の橋の下を潜つている
山は汀を追つていく
山は海に浮かんでいる
山はやがてどこへいきつくつもりなのだろう


山はまつすぐになれないので
光を慕うていく
光が谷へ消えるとしおしおと戻つてくる


山は自分自身を曲者だと自覚したさびしさに果てしない直線を慕つていく
直線はどこにあるのかと空を仰いでいる
空には光がみちている
その光の根に白い丸がある
その丸は奥深い
その奥底は眩しくてみえず
――つい 山は眼をつぶつて うとうと してしもう
そして直線を見失つてしまい
夜どおしめざめている


町の屋根に山がのつかつている
板も亙も藁も くたくたになつて 押しつぶれかかつている
子供らは屋根のひいきをして
山へめがけて石を抛りあげる
つばめも ひばりも すずめも 鯉上りも 草も 花も 石も 木も 背のびして
子供らの応援に懸命だ


町は山を向いたり 海を覗いたり 川をまたいだり
道に切られたりして うろうろしている
町からはみでたものは 緑だ 金だ 日だ 空だ 野だ 山だ 川だ 田だ 蛙だ 草だ 石だ
最後には いつぱいの人と光だ


川はどこへいく
川は山へいく
ふるさとへ 父母へ――
山へ近づくにつれて きれいになり
痩せながら 粋な鮎になり
糸になり
細い根と芽を伝つて頂上へ上つていく
川は とうとう てつぺんに出た
――山は曇にのつて 虚空へ 光の根へいく
川は もう 戻つて来ない
海も母乳を泡だたせて 可愛い川を呼んでいる
川のいつてしまつた空へ歯をむいている


川は道に添うている
川は道から遠ざかると さびしくなつて 野火をもやす
ついに声をたてて ひとりぼつちを歌いだす


川はひとりゆく
石だらけの道をつまずいては青ざめ
石に負われては石に従い
魚どもの子守をして
何やらひとりごとをいい
いつてはならぬ方へと
光る息吹のままにまかせて
川はいつてもいつてもはてしない道をひとりゆく

―一九五七、五、五夜(節句の日を祝つて世の子供らのために)酔余独吟

掲載誌:『詩と民謡』 昭和33年8月 30~31ページ