随筆

あなた方の軌跡を ――伊福部大人御夫妻への献詩―― (人生道場 昭和45年1月)

厳しい非情という名のガラスの凍結を貫いて
内包から外延へと
すべての内在を汚上に残し
未知といい既知という遠い果てへ
みんな嬉しそうにいそいそと急いでいく

あの限界の外に何があるのだろう
あの限界の果てに何が待っているのだろう
50億光年のあちらに無限にひろがっていく大宇宙があるというが
その大宇宙の限界の果てにまたどんな世界があるのだろう
単なる比翼の鳩や鶴でなく
まして仮象の生き物でなく
無用虚実の合一をこえていた 不可思議光の存在だったわが義兄夫妻よ
電撃の死で「どうだ 無の意志を知れよ」 と説法したつもりだろうが 
  とても無理だ とても軌踏は辿れない
いつかは どこかであえるかも知れないし あえぬかも判らないが
それを信じているほかない

どうせ有無一休 生死不二だから あと先の別
  があるにしろ
みんな一緒に無始無窮絶対不滅の根元にとけこ
  める
義兄夫妻よ さぞ楽しかろう
後に続く者の道を虚空の中に拓いて先駆してゆくのだから
いずれ その無限への道を みんな何か呟き歌いながら辿ってゆける
そう思うと この汚土の上を這いずり廻っていても楽しくてならない

凍てつく空に無数の星雲が明滅しているが
そんな星雲なんかを超えたところで
あなた方が厳しくも優しく
  「さあ みんな 元気で あとからついて来られるように がんばれよ」
 と にこにこいっていて下さっているようだ

義兄夫妻よ 有難う
もう涙なんかすてよう
孤独の哀しさを超えることが 孤独の歓びとなるということを忘れていた
それを死という冷厳なガラスで区切る具象で教えられた
つまらないようだが 二度と得難い価値の高い
  死というものは 新しい生の門出だ ということも――

汚土に残されたみんなは 身辺にあなた方の眼を感じて勇躍し
 あなた方の軌跡を辿ることに懸命 どうか御安心を
       (44年12月4日夜供養酒をのみ、
       涙しつつ即吟)

掲載誌:人生道場 昭和45年1月