天國では
消えてしまつた地上のいろいろのはなが
四六時中 のぼつてきては咲ききりで
どこも ここも はなだらけになつてしまつた
そのうへ 神さまに召されたひとびとが
ひるも よるも 絶えずのぼつてくるので
天使(えんぜる)たちは忙(せは)しくて へとへとになり
翼(つばさ)もぼろぼろに裂けてしまつた
イエスさまも
つくづく木を削つてゐた方がよかつたなあ と
門に殺到する夥しい群(むれ)をみながら
ときどき 天使(えんぜる)たちにこぼしなされた
それでも 天國は明るく
したい放題 たべたい放題で
喧嘩も掟(おきて)もなく なんでも自由で平等だつた
それで 昔からここに咲ききりのいろいろのはなは
もう 退屈で 退屈で しようがないので
きたなくつて 安心の少しも出來ぬあの地上へ
思ひ思ひに遊びにいつてはこつそり咲いてみたりした
そしてあるものはそのまま地上に留まつたまま埋れたりした
そこで むかしからここに住んでゐるひとびとも
ときたま 雲を分けて地獄といふ所へ遊びにいつた
そこではあのふるさとの地上そつくりな
血みどろのぞつとする光景(ありさま)が好もしくみられるので
そこでまた イエスさまも えんぜるたちも
やはり善人や美しいはなばかしの天國なんかより
あの泥だらけのいぎたない地上がなつかしいとみえ
仕事はみんな全知全能の神さまおひとりに任せきりで
いろいろのすがたにみなりをかへては
おんなじやうに雲から忍び下りてきて
地上のそこここをふらふらしてゐなさるといふことだ
掲載誌:『石』 中山輝詩集 昭和5年9月 14~16ページ『天國」