「貝」

しゃなりしゃなりとじゃれる白い波と遊んでいるうち
光にあやされて つい とろり
のんびりしている時間に乗せられて眠ってしまい
ふと目をさましたら いつのまにやら 赤ら顔の崖の額で光にくすぐられていた
またとろり とろとろり 眠りこけた

あれからどれたったろう
あの時間奴が短気になってゆさぶり起しゃがった
いつ山のてっぺんにすわらさせられたんだろう
ここでも光が子守唄を歌ってくれているので
ついまたとろとろり 暗い海の底へ戻されるように
深い眠りにひきずりこまれた

どうして自分というものを失ったのだろう
おれは貝なんだ 白い貝なんだのに と
眠い目を無理にこじあけてみたら
白い桜の花びらにさせられて
黒い谷底へとおちていくのに気づいた

おれは花でない おれは貝なんだ
いくらそううめいてもどうにもならない

誰がおれをこんな風にするのか
その誰かを知りたい
その誰か判るまで もう眠らないぞ 眠れないぞ

掲載誌:『現代詩選』第十一集 昭和47年3月 213ページ上下段